「脳の中の幽霊」
「脳の中の幽霊」
V.S.ラマチャンドラン著。神経科学者のラマチャンドラン博士の、幻肢や疾病失認、果ては意識にまで達する思索の本。ともすれば仮定の上に仮定を重ねていってしまいがちな脳や神経に関する議論の中で1、可能な限り実験によって裏づけを得ようとするその姿勢に、とても真摯なものを感じました。彼はこの本の中でウルトラ・ダーウィニスト対スティーブン・ジェイ・グールド、モジュラー主義対総合主義に関しても言及しているんですが、僕には彼がとてもバランス感覚に優れているように感じました。彼自身も書いている「西欧文化の中のインド人」的なものがなせる業でしょうか。
綿棒ひとつで幻肢の謎に迫ったり、鏡や内耳洗浄を使って疾病失認の治療を試みたり、というこの本の本題部分もとても面白かったのですが、個人的に一番印象に残ったのが、「理論を実験で検証する」という考え方を今の科学者は至極当たり前のものだと考えているが、実はそういうことをはじめたのはガリレオ・ガリレイ以降、つまりごく最近なのだ、という話。ガリレオ以前に広く信じられていたアリストテレスは、例えば男と女の歯の数が違う、と考えていて、ちょっとそこらの人の口の中を調べる、という発想もなかった、というのですよね。確かに言われてみると、ちょっと手を動かせばすぐ分かることなのに、つい確かめもせずに済ましてしまうことも多いですよね (昔書いた「信念の倫理」にも通じそう)。エンジニアリング面から見ても実に参考になるお話だと思いました。
-
ラマチャンドラン博士はとてもユーモアにあふれていて、そういう風に根拠の無い仮説がまかり通りがちな進化心理学を風刺する「なぜ男性はブロンドを好むのか」という嘘論文を書いて学会誌に投稿したら、みながすっかり真に受けてしまって困った、なんてエピソードが書かれています。 ↩︎