bird「南の島のティオ」, 「タマリンドの木」

「南の島のティオ」

南の島のティオ 「飛ぶ教室」等に掲載された10篇を納めた短編集。池澤さんの本です。南の島に住む「ティオ」が、いろんな人やいろんな物事に遭遇する話。

子供の視点で書かれた本で、ちょっとだけ魔法の匂いのするお話なわけですけれども、テーマは結構大人っぽい。ところで僕は科学と魔法は共存出来る、というか共存すべきと思っていて、つまりそれは、現在の科学は自然を認識するための一つの方便に過ぎず、その枠に収まらない全体を常に意識する必要がある、特に科学の適用範囲が広がり、「枠に収まらない部分」が見えにくくなってきているのならなおさら強く意識しなくちゃならないと思うからなんですね。そういう意味ではすごくエンジニア的発想なのかも。

池澤さんの「スティル・ライフ」にある、

大事なのは全体についての真理だ。部分的な真理ならばいつでも手に入る。それでいいのならば、人生で何をするかを決めることだってたやすい。全体を見てから決めようとするから、ぼくのようなふらふら人間が出来上がるのだ。

スティル・ライフより引用

という文章には、ちょっと理想主義的なところもありますが (若い頃は皆そう)、上で述べたことと同じような思いを感じました。池澤さんの文章を読んでそう思うようになったのか、以前からそう思っていたのかは今となっては分かりませんが。

「南の島」の生活が、先日行った八丈島の情景と重なってとてもリアルに感じました1。そういう意味では僕にとって非常にタイムリーにこの本を読むことが出来たといえるのかも。

「タマリンドの木」

タマリンドの木 こちらはバリバリの恋愛小説。やっぱり池澤夏樹さんの本。

一般に一番楽しい時期と言われている、「恋愛が成就するまでの紆余曲折」ではなく、お互い気持ちを確認し合ってから、それぞれの人生に相手をどう位置付けるか、というプロセスの方をメインに書いているところが、とても池澤さんらしいというか、個人的には非常に面白かった。

「素晴らしい〜」と同じく主人公はエンジニアで、女性関係にはちょっと奥手、週末は友人達とともに風力発電機作りを趣味にしてたりします。主人公がゆくゆくはダリウス型風車を作りたい、といっていたり、ヒロインは NGO で働いていたり、世界観という意味では「素晴らしい〜」へ続くものを感じました。もちろんテーマはぜんぜん違いますけれども。

そういえば池澤さんの話にはキャラクターの外見的な説明、というのがほとんど出てきません。結局最後まで主人公がどんな背格好なのかすら分からないことも多いんですが、こういうところを見ると、保坂さんが書いていた「風景や人物に関する描写は、その作家が物語を語るための生理的な必然」という話が思い出されて面白いです。池澤さんにとって世界とはそのように見えているのだなぁ、と。


  1. 八丈島も結構「南の島」なんですよ。伊豆諸島だからと馬鹿にしてはいけない。 ↩︎